新生児が二度泣くほど巨額の後世代負担

  • 2020年7月2日
  • 2020年7月2日
  • 投資

新生児が二度泣くほど巨額の後世代負担

政府の債務は、経済規模を超えてしまった国債と地方債の残高だけにとどまらない。政府は将来に支払うことを約束した潜在的な債務を抱えている。

たとえば、勤労者は退職した後、公的年金の仕組みで給付を受けるが、これを暗黙の政府債務と考えることができる。国債と地方債の償還・利払いとは異なり、これらの暗黙の債務はたとえ公的年金であっても拘束的な支払い義務ではないので、民主主義の手続きで毎年作成される予算で削減することが可能である。

一方、国民は将来にわたって税金を納めるが、これを暗黙の政府資産とみなすことができる。「ただの昼飯はない」といわれるように、暗黙の政府債務である将来の政府支出は、いつか誰かが負担しなければならない。異なる時点の政府の支出と歳入、つまり異なる世代の受益と負担は、独立したものではないのである。

このため、ある世代に有利な政策を行うと、他の世代の負担が大きくなってしまう。こうした政府の将来の債務と資産の大きさを世代ごとに明らかにしようというのが、世代会計である。財政赤字が毎年の財政収支であるのに対して、世代会計は、現在の財政政策が将来も継続される場合に発生する国民の受益と負担のバランスを示そうとするものである。

コトリコフとライプフリッツは九八年に、一七カ国の世代会計を作成し、それらの比較を行った〔KotlikoffandLeibfritz,1998〕。将来世代へのつけ回しを示す世代会計の不均衡は、日本、ドイツ、イタリアで大きい。なかでも日本の不均衡がいちばん大きい。負担から受益を差し引いたネットの国民負担額は、九五年に生まれた日本の新生児が一四・三万ドル、これから生まれる将来世代は三八・六万ドルである。

これに対して、アメリカの新生児の負担は八・六万ドル、将来世代は一三万ドルに過ぎない。日本の将来世代の負担がきわめて重いのは、人口が減少していくなかで高齢化の速度がきわめて早いことが原因とされる。だが、それだけが原因ではない。もし人口構成が現在と変わらない場合はどうだろうか。

アメリカ、ドイツ、カナダでは新生児よりも将来世代の負担が少なくなるのに対して、日本の将来世代の負担は新生児よりも四二%も重い。この場合も、日本の不均衡がいちばん大きい。たとえ少子高齢化が進展しなくても、現在の財政構造が続くだけで将来世代の負担は重くなる。このため、現在の財政構造のままで急速な少子・高齢化が進展すると、日本の後世代の負担は他国よりも遥かに重くなってしまうのである。

コトリコフたちの研究によると、日本が世代会計の著しく大きい不均衡を是正するためには、ただちに歳出を二六%カットするか、歳入を一五・五%引き上げねばならない。このように、現状を放置すると、日本の将来世代の負担はきわめて大きくなってしまう。単に国債と地方の債務残高がGDPを上回っていることだけによるものではなく、将来にわたって支出を約束している暗黙の債務もきわめて大きいためである。

わが国の公的年金は、高齢者がきわめて少ない時代にどんどん給付水準を引き上げてきた。しかも勤労者が自分の老後のために積み立てる仕組みではなく、現在の勤労者が現在の高齢者に仕送りをするという賦課方式が基本となっている。このことが、将来世代の負担をきわめて重いものにしているのである。このままでは、日本の新生児は二度産声をあげることになってしまう。

一度目は呼吸のためで、二度目は負担の重さへの絶望のためである。