日本経済の「ブラックホール」

日本経済の「ブラックホール」

  • 2020年8月16日
  • 2020年7月1日
  • 投資

日本経済の「ブラックホール」

借りたお金で公共事業を行った。

そして、公共事業を受注した建設業者にお金が流れた。しかし、建設会社の先には顕著にお金が流れなかった。つまり、ここでお金の流れが滞ってしまったのである。その理由は、建設会社がバブル崩壊に伴う土地・不動産の値下がり損を大量に抱えていたからである。

建設会社はバブル景気のときに地価が高騰したのに目をつけて、将来必要となると思われた土地・不動産を金融機関から借金をしてまで予め買い込んだ。特に、地方部にあるリゾート開発のために、巨額の資金を投じた。しかし、バブルが崩壊し、バブル絶頂の頃に買った土地・不動産は大きく値下がりした。

それとともに、景気が落ち込んでリゾート開発を始め多くの土地開発ビジネスが頓挫した。建設会社が買った土地・不動産は誰も要らないものになってしまった。建設会社は、金融機関からお金を借りたが地価が下がって売るに売れず、お金を返せない状態に陥った。そこに救世主として現れたのが、「公共事業」だった。建設会社は公共事業を受注することで、そこで稼いだお金をバブル崩壊で被った値下がり損の穴埋めに使った。

ところが、これで顕著に得をした人は誰もいなかった(厳密にいえば、既に得をした人はバブル絶頂の時に土地を高値で売り抜けた人だけである)。建設会社は、損の穴埋めをしただけで、自分達の懐にはあまりお金が入っていない。

建設会社に勤める人は、公共事業がなかったら倒産して失業していたかもしれないが、それを免れただけだった(それを得したと言えばそうだが、うまい儲け話とはいかないだろう)。金融機関にとっては、本来返って来るべき融資が返済されただけの話である。

だから、結局この公共事業で顕著に儲かった人はいなかった(陰で違法行為をして儲けた人を除いて)。九七年以降の日本経済のお金の流れは、このような公共事業という「ブラックホール」に吸い込まれては、雲散霧消してしまったといえる。

ただし、お金が消えてなくなったわけではなく、誰かの懐には入っているが、それがさらなる活発な経済活動を生み出すためには使われなかったという意味である。民間企業はそのお金を使って生産設備に投資すれば、そこで機械を作っている企業に需要が生まれる。

そして、またこれで潤うということにもなる。その循環で消費が活発になり生産が活発になり、設備投資も活発になる。そこで民間経済の活力ある経営が行われるというのが、あるべき姿である